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大阪高等裁判所 昭和27年(う)643号 判決

控訴人 原審検察官 菊池嘉太義

被告人 梅本みつ 外五名

弁護人 河合与 外三名

検察官 飯田昭

主文

被告人明理益男、同渡部治雄、同土井信夫の各控訴並に被告人渡部治雄、同土井信夫に対する検事の控訴はいずれもこれを棄却する。

その余の本件被告人に関する原判決(但し被告人三好栄一、同古田昇に対する公訴棄却の部分を除く)を破棄する。

被告人真野正義を懲役壱年に

被告人三好栄一を懲役壱年六月に

被告人渡部秋次郎を懲役壱年に

被告人安部朝盛を懲役拾月に

被告人安部幸男を懲役八月に

被告人古田昇を懲役八月に

被告人大家幸大を懲役参月に

被告人梅本みつを懲役弍年に

被告人山崎理市を懲役八月に

被告人岩中重太郎を懲役参年に

被告人鍛善美を懲役拾月に

被告人茶山利三郎を懲役六月に

被告人中村正晴を懲役参月に

被告人小笹熊市を懲役六月に

被告人長光忠愛を懲役壱年に

被告人原作次郎を懲役八月に

被告人足立正博を懲役八月に

被告人新見等を懲役弍年に

被告人佐藤忠幸を懲役壱年六月に

被告人奥森与三郎を懲役参年に

各処する。

被告人安部朝盛、安部幸男、古田昇、大家幸大、山崎理市、鍛善美、茶山利三郎、中村正晴、小笹熊市、原作次郎、足立正博に対し本裁判確定の日から参年間右各刑の執行を猶予する。

原審の未決勾留日数中被告人岩中重太郎、同梅本みつに対し各七拾日を、被告人佐藤忠幸に対し五拾日を各本刑に算入する。

被告人真野正義より金四百万九千六百拾壱円を

被告人三好栄一より金千七百六拾壱万九百四円を

被告人渡部秋次郎より金五百九拾九万弍千七拾六円を

被告人安部朝盛より金四拾五万五千参百九拾六円を

被告人安部幸男より金八拾七万九千六百円を

被告人古田昇より金弍百拾参万五千円を

被告人大家幸大より金九拾四万参千九百八拾円を

被告人梅本みつより金五拾万円を

被告人山崎理市より金九百参万八千五百円を

被告人岩中重太郎より金九百七万四千四百円を

被告人鍛善美より金八百九拾六万四千四百円を

被告人茶山利三郎より金参拾壱万千円を

被告人中村正晴より金百八拾八万九千四拾円を

被告人小笹熊市より金八百七拾弍万七千五百円を

被告人長光忠愛より金七百参拾万五千参百四円を

被告人原作次郎より金参拾四万六千九百円を

被告人足立正博より金弍拾参万六千九百円を

被告人新見等より金参百九拾弍万参千八百拾壱円を

被告人佐藤忠幸より金弍拾参万六千九百円を

被告人奥森与三郎より金千九百九拾四万五千五百四円を

各追徴する。

原審及び当審の訴訟費用は別紙訴訟費用負担表記載の通り各被告人の負担とする。

理由

本件各控訴の理由は記録に綴つてある原審検事菊池嘉太義、被告人明理益男の弁護人米沢厳治、被告人土井川信夫の弁護人米沢厳治、被告人奥森与三郎、梅本みつの弁護人河合与、被告人佐藤忠幸の弁護人渡辺利佐久、被告人渡部治雄の各名義の控訴趣意書記載の通りであるから、これを引用し、これに対する当裁判所の判断は次の通りである。

第一、検事の論旨第一点について。

被告人山崎理市に対する公訴事実及び原判決がこれを無罪にした理由は論旨摘録の通りであつて、要するに原判決は、同被告人は周海丸で境港を出港する際北鮮に向うことを知らず、隠岐音部島附近にさしかかつた時船中で始めてその情をうちあけられたのであるが、当時の環境の下に於て同被告人に一人下船方を期待するのは甚だ苛酷であるばかりでなくむしろ不能のことに属し、従て帰航に伴つて惹起した右密輸入の事実も事の成行上やむをえない結果というべく、結局期待可能性がないものと認められるから、右は罪とならないものであるとして無罪を言渡してゐるのであるが、当時の環境がどんなものであつたかについては何等の説明をしてゐない。然し当時の具体的な環境を明らかにしなければ果して期待可能性がないものかどうかを判断することはできないから、この点を記録に基いて検討するに、

被告人山崎理市は原審の昭和二十六年四月三十日の公判期日に於て「起訴状によると奥森等と共謀の上となつてゐますが、私は初めから朝鮮へ行く相談にのつてゐたのではありませんヽヽヽヽ沖へ出てから朝鮮へ行くとうちあけられてどうにもならずついて行つたのです」と述べてゐるが、大蔵事務官に対する第一乃至第四回質問調書(記録第六冊一三五一頁以下)に於ては、周海丸の船主里見周造より船主に代つて同船の看視をすることを頼まれたので、船長として乗組み隠岐へ行くものとして境港を出発した。その際の機関長は小笹熊市、甲板長は岩中某、操機長は鍜善美であつて、出帆後三好栄一、ハイ某が乗つてゐることが判つたが、午後七時頃隠岐音部島附近に来た時、鍜が呼びに来たので船員室に行くと、三好、岩中、ハイが酒を飲んで居り、その際岩中より朝鮮行をうちあけられたものであるというのであつて、その時の模様について、右第一回質問調書では「隠岐に行くのは嘘で実は朝鮮元山に行くというので、私は約束が違うから嫌だといつて何回も反対したが、結局ナカ、ハイ、三好に脅迫されて仕方なくその意に従つたのです」と、第二回質問調書では「船長実は中村に行くと云つたが防諜上そう云つたので朝鮮に行くのだと云うので、それでは話が違うから駄目だと云うと、三人がどんなことがあつても行くのだと形勢が不穏だつたので、私は黙つたまま船長室に行き、鍜にこの船は朝鮮に行くそうぢやないかと云うと、鍜は船長承知したのか、承知しなかつたら海の中に抛り込まれるところだつたと云うので私は船の安全と身の危険を考へて行く気になつた。尚その時岩中と三好はうまく行けば五万円は奥森から貰つてやると云つてゐた。三好、ハイ、岩中より強迫までは受けないが、岩中等が朝鮮に行くと云うので納得した」と、第四回質問調書に於ては「朝鮮行きを強迫されたと云ふ意味でなく、朝鮮に行くと云うので無言の承諾をし、その後は協力して一緒に船員達と航海した」と供述して居り、検事に対する供述調書(記録第六冊一三九一頁以下)に於ては「岩中が元山へ行くと云うので話が違うと抗議を申込むと、岩中等はどうしても元山に行くと云う意味のことを云い、私がこれを断ると今度は岩中がどうしても北鮮へ行つて呉れと云うので、私は朝鮮に行つてもあちらで危険なことはないか、又舞鶴に帰つたら判るかも知れないがどうするかと聞くと、岩中や三好は大丈夫だ、あちらに行つても危険はない、絶対保障する、又舞鶴の方面は税関やその他の役所に鍜が連絡をとつてある。判るようなことはないと申した。私の心持は勿論北鮮に行きたくはなかつたが、三好や岩中が朝鮮に行つても大丈夫だと云うし、又舞鶴に帰つてからも税関方面には連絡は取つてあると云うし、一方私は永らく失業して金に困つてゐたし、五万円も呉れると云うことであつたので、明確には承知したとは申しませんでしたが、そういつた関係から北鮮行を暗黙裡に承諾した」と供述して居るのである。一方相被告人岩中重太郎は検事に対する第一回供述調書(第六冊一四二三頁以下)に於て「山崎さん実は今まで貴方には隠岐の中村に行くと云つて居たが、これは防諜上そう云つただけの事で実際は朝鮮の元山に行く事になつている。すまないが承知して貰へんであらうかと申しました。そして又山崎に五万円貰つてやると云いました。すると山崎はニヤニヤ笑いながらどうも変だと思つてゐたと云つて直ぐ甲板上へ出て行きました。私は山崎がどうするか多少心配になつたので直ぐ操舵室に行つて見ると山崎が海図を拡げて朝鮮へ行くコースを計る処でありました。私はそれを見て山崎が承知して呉れたと思い安心したわけであります。その後私、山崎、三好が交代で舵を取つて行つたのであります。私にしても三好にしても山崎をおどかした様な事はなく、山崎も自分はかまわんが里見さんが知つたらなーと云つて、そちらを気にしてゐる様であつた。五万円の報酬を貰うのは内心喜んで居つた様に見へた。当時私達の気持としては山崎が絶対に行かないと云つたら、同人を降ろして私達だけで元山へ行こうと決めてゐた」と供述して居り、その他被告人三好栄一、同鍜善美の検事に対する供述調書等によつてみても、岩中重太郎等が山崎理市に対し、朝鮮行を承諾させるために、暴行脅迫をするとか、その他承諾をしなければならないようにならしむる所為に出たものであることについてはこれを認め得る資料がない。結局原判決のいう環境とは以上の如きものであると認めざるを得ないが、これによつてみれば、同被告人は境港出帆前は朝鮮行を知らなかつたが、隠岐音部島附近にさしかかつた際岩中等より朝鮮行の計画をうちあけられたので一応はこれを断つたが同人等が更に頼むし、報酬金五万円を出すとのことであつたので、遂にこれを承諾したものであつて、若し被告人山崎理市に於て右に承諾せず下船を欲するなら同被告人は他の船員と異なり船主より船の看視を依頼せられ、船長として船に乗組みその運行については全責任を負担してゐる者であり、且朝鮮行を求められた時は隠岐音部島附近を航行中であつたのであるから、最寄りの港に入るか、他の船に出会つた際その協力を得る等の方法により下船することができ得る状態にあつたものと認められ、かかる環境にある場合には、何人も下船を期待することが不可能であつたということは到底できない。又右公訴に係る事実はその帰航に伴つて敢行せられたものであるから、これ亦期待可能性がないものとはいい難く、被告人の拘束せられない意思に基く犯行であると認められる。

而して右公訴事実は後記の証拠によればこれを認定でき得るのであるから、原判決は証拠の趣旨の誤か期待可能性の法理の誤かにより、事実の認定を誤つた違法があり、この誤が判決に影響を及ぼすこと勿論である。然らば同被告人に対する検事の控訴は理由あり、同被告人に関する原判決は破棄を免れない。

第二、検事の論旨第二点について。

本論旨は被告人奥森与三郎、岩中重太郎、梅本みつ、佐藤忠幸、三好栄一、渡部治雄、長光忠愛、渡部秋次郎、真野正義、土井川信夫に対する原判決の量刑不当を主張するものである。被告人渡部治雄、同土井川信夫につき記録を精査して各種の犯情を勘案するに、右両被告人に対する原判決の科刑は必ずしも軽いものということはできないから、この点に関する論旨は理由がない。

その他の被告人等については後記の事由により、当裁判所が原判決を破棄自判するのであるから、量刑はその際斟酌することとする。

第三、検事の論旨第三点について。

関税法違反の犯罪に係る貨物及び供用船舶の没収、追徴については昭和二十一年五月十七日勅令第二百七十七号関税法の罰則等の特例等に関する勅令に於ては「第九条第一条の犯罪に係る物品又は同条の犯罪行為に供した船舶で犯人の所有し又は占有してゐるものは、これを没収する。犯人以外の者が、犯罪の後前項の物を取得した場合に、その取得の当時善意であつたと認められないときは、その物を没収する。前二項の規定により没収すべき物の全部又は一部を没収することができないときは、第一条の犯罪に係る物品の場合はその原価に相当する金額を、同条の犯罪行為に供した船舶の場合はその価額を犯人から追徴する。」と規定し、昭和二十三年七月七日法律第百七号により改正せられた関税法に於ては「第八十三条第七十四条第七十五条又ハ第七十六条ノ犯罪ニ係ル貨物又ハ其ノ犯罪行為ノ用ニ供シタル船舶ニシテ犯人の所有又ハ占有ニ係ルモノハ之ヲ没収ス。犯人以外ノ者犯罪ノ後前項ノ物ヲ取得シタル場合ニ於テ其ノ取得ノ当時善意ナリシコトヲ認ムル能ハザルトキハ其ノ物ヲ没収ス。前二項ノ規定ニ依リ没収スベキ物ノ全部又ハ一部ヲ没収スルコト能ハザルトキハ其ノ没収スルコト能ハザル物ノ原価(犯罪行為ノ用ニ供シタル船舶ナルトキハ其ノ価額)ニ相当スル金額ヲ犯人ヨリ追徴ス」と規定(この規定はその後多少変更せられたが、没収追徴の趣旨に関しては変更がない)せられている。

今この立法趣旨を体しつつこれを解釈するに右規定は、各同条所定の犯則貨物又は供用船舶はすべて没収又は追徴の対象物とすることを定めたものである。これけだし元来右没収又は追徴は犯人をしてこの種犯行に基く利益を保持せしめないことと、これにより同種の犯行を威嚇防圧せんとするにあることより出でた規定である。又犯則貨物或は供用船舶という以上は犯則当時犯人が所有又は占有していることを没収又は追徴の要件とすることも当然の事理としているのである。けだし犯罪行為に供し又は供しようとしたとかして犯罪に関係ある貨物が、犯行当時犯人が所有又は占有していないということはこれを想像し得ないし、又供用船舶については犯人が所有も占有もしないことがあり得るが、犯人が何等の支配関係を有しない第三者の物を、犯人の犯行に基き没収することは物の所有及び刑罰の観念に適しないからである。尚その所有又は占有は犯人の正権原に基くことを要することも亦同理と解すべきである。

而してこの犯行当時犯人が所有又は占有していた犯則貨物又は供用船舶なることを大前提とし、しかも裁判当時に於ても尚且犯人が所有又は占有している場合にはこれを犯人より没収することにしたのが右各法条第一項の規定である。この第一項を次の第二項第三項の規定と対照すれば、第一項は犯則貨物又は供用船舶で犯行当時犯人が所有又は占有していた物はすべて没収するとの強制没収の原則と、裁判当時にも犯人が所有又は占有する場合にはこれを犯人から没収する旨とを規定したものであり、又犯則貨物又は供用船舶を犯行当時犯人が所有又は占有してゐたが、犯行後その所有又は占有に移動があつた場合、これを取得した第三者が取得の当時善意であつたと認められないときはその物を犯人に対する刑として没収する旨を定めたのが、各第二項であつて、これ悪意の取得者は保護の価値なしとする一般法理の当然の結果である。更に犯行当時犯人が所有又は占有し、且第三取得者ある場合にその取得者が悪意であるときは本来なら没収すべきである物が、犯行後費消その他犯人の責に帰すべからざる事由以外の事由によりて没収することができなくなつたときは、その物の原価又は価額を犯人より追徴する旨を定めたのが各第三項の規定であつて、この第三項の趣旨は改正前の関税法第八十三条第一項の規定からしても明らかに窺知し得るところであるが、只旧法では犯則貨物が犯行後犯則者以外の者に属するに至つた場合はすべて追徴に移行することになつていたが、この場合は善意の第三者を保護するを以て足りるところからして改正関税法第八十三条第二項が制定せられた点が異るだけである。

前記特例勅令第九条第一項により「犯罪行為に供した船舶で犯人の占有しているもの」を没収するには裁判言渡当時の船舶に対する占有関係を基準とすべきであるとの最高裁の判例(昭和二十四年十二月十三日第三小法廷判決、判例集三巻十二号一九九五頁)及びこれを踏襲した下級裁判所の判例(昭和二十五年十二月二十五日福岡高裁宮崎支部判決、高裁刑事特報十五巻一八七頁)があるが、右は没収の言渡をするには裁判言渡当時犯人が所有又は占有することを要件とすると云う点に於ては正にその通りであるが、没収の要件はそれのみを以て足るとの趣旨をも包含するものと解することはできない。けだし没収の要件としては裁判言渡当時のみならず犯行当時も犯人が所有又は占有するを要すること前叙の通りであるからである。

又前記特例勅令第九条及び改正関税法第八十三条の第三項が「前二項ノ規定ニ依リ没収スベキ物ノ全部又ハ一部ヲ没収スルコト能ハサルトキハ」となつてゐるところより前二項により没収し得べき物についてのみ追徴に移行し得べきもの、即ち第一項については裁判言渡当時犯人が所有又は占有してゐる物、第二項については第三取得者が悪意である場合にのみ追徴し得べきであるとなす論(福岡高裁宮崎支部昭和二十五年九月二十九日判決、高裁刑事特報十五巻一五一頁はこの論旨と思はれる)もあるようであるが、当裁判所はこれに左袒しない。何んとなれば裁判言渡当時犯人が所有又は占有して居り、又は第三取得者が悪意であれば第一項又は第二項により没収すればよいのであつて、その物の全部又は一部を没収することができないということはあり得ないから追徴の問題を生ずる余地がなく従て第三項は不能な無用な規定だといはなければならない結果となるからである。

然らば右「前二項ノ規定ニ依リ没収スベキ物ノ全物又ハ一部ヲ没収スルコト能ハザルトキハ」とは、前叙の如く「第一項又は第二項により本来没収し得べきであつた物即ち犯行当時犯人が所有又は占有してゐた犯則貨物又は供用船舶につき譲渡費消その他の事由があつたため、第一、二項により没収することができなくなつたときは」と解することによりて前記法条第一乃至第三項を矛盾なく了解し得ると共に、前記最高裁の判例の趣旨を、第一項は裁判言渡当時犯人が所有又は占有することのみを以て没収し得る旨の規定と解したものとすれば、第三項との関係に於て不合理を生じ、この解釈の非なることも亦自ら了解できると思う。

以上要するに犯行当時犯人が所有又は占有していた犯則貨物又は供用船舶を、犯行後第三者に譲渡して第三者が取得の当時善意である場合、又は右物件を費消等により減失するに至つた場合にはその原価又は価額を犯人より追徴すべきものとするのが前記各法条の趣旨と解すべきものとする。

然るところ原判決は判示第七及び第十二以外の判示事実に於て、被告人等が船舶を使用して貨物の密輸出入をなしたことを認定して居り、引用の証拠によれば右貨物及び船舶をその犯行当時被告人が所有又は占有していたものもあることを認められるから、特別の事由のない限りその没収又は追徴を言渡すべきであるのに、原判決は何等の理由を示さないでその言渡をしていないのであるから、この点に於て理由不備があり、その言渡の要否に関し各判示事実につき更に検討を加うべき必要あるものとする。

よつて右没収追徴の要否を記録及び原判決引用の証拠に基き審案するに次の通りである。尚以下説明の供用船舶の価額、犯則貨物の原価、又はそれ等の算定不能の事実は、すべて鑑定人大峯純一作成の鑑定書「(記録第九冊一八六〇頁乃至一八八二頁)同人の原審に於ける証人としての供述(第九冊一八八九頁乃至一八九四頁)」により認定したものである。

先ず原判示第一(1) の貨物、第二乃至第五(1) の供用船舶なる第一強運丸、神裕丸、第二(1) (3) 第三(1) 第四(1) 第五(2) (イ)第五(2) (ロ)(但パラフインのみ)、第六(1) 第六(2) (但塩酸モルヒネ含有物のみ)、第八(但漁油のみ)、第十(1) (イ)(但電線のみ)、第十一(1) の各犯則貨物は現存せず又その原価又は価額の算定が不能であるから没収追徴よりこれを除外し、尚判示第六(2) 及び判示第十(1) (ロ)の塩酸デアセチルモルヒネについては後記の如くいずれも関税法第八十三条の適用がないものと解釈するから、これ亦没収追徴より除外する。又その他の各貨物はいずれも当該被告人が犯行当時所有又は占有中のものであつたが、犯行後善意の第三者に対する売却等により、没収することができなくなつたものであることが認められる。よつてこの前提のもとに各犯則につき検討するに、

(一)  原判示第一(1) (2) の船舶第三大蔵丸は被告人奥森与三郎が船主山路譲より借り受け占有中に該犯行に供用したものであるが、犯行後善意の唐来詩津朗がこれを取得(証人山路譲、同唐来詩津朗に対する当審受命裁判官の尋問調書等)したものであるから、その価額金五十五万三千円は被告人奥森より、

判示第一(2) の貨物は被告人奥森、三好、中村、長光が占有していたものであるから、その原価金百八十八万九千四十円は右被告人四名より、

(二)  判示第二(2) の貨物は被告人奥森、三好、長光が占有していたものであるから、その原価金七十八万五千三百七十三円は右被告人三名より、

(三)  判示第三(2) 貨物は被告人奥森、真野、三好、長光、新見、梅本が占有していたものであるから、その原価金五十万円は右被告人六名より、

判示第三(3) の貨物は被告人奥森、真野、三好、長光、新見が占有していたものであるから、その原価金五十九万六千五百十五円は右被告人五名より、

(四)  判示第四(2) の貨物の原価金二百十三万五千円は、その占有者被告人奥森、三好、渡部秋次郎、古田昇、長光、新見より、

(五) 判示第五(1) の貨物の原価金百五十七万八千百円は、その占有者被告人奥森、真野、三好、渡部秋次郎より、判示第五(2) の供用船舶第二長吉丸は被告人奥森の所有占有中のものであつたが、犯行後善意の袖長光治、竹原好男が譲り受け取得(被告人奥森に対する原審受命裁判官の第二回尋問調書記録第二冊六〇七頁以下。証人袖長光治、竹原好男に対する当審受命裁判官の尋問調書)したものであるから、その価額金三十四万五千円は被告人奥森より、判示第五(2) (ロ)の貨物塩蔵鯖の原価金四十五万五千三百九十六円は占有者被告人奥森、真野、三好、渡部秋次郎、安部朝盛、長光、新見より、

(六) 判示第八、第十一(1) (2) の供用船舶かすみ丸は被告人奥森が所有占有していたものであるが、犯行後これを譲渡し、善意の第三者古田一郎、次いで八木宣弥が取得(被告人奥森に対する原審受命裁判官の第三回尋問調書第二冊六三〇頁以下。漁船原簿謄本古田一郎に対する記録八一頁。証人古田一郎に対する当審受命裁判官の尋問調書)したものであるから、その価額金二十四万六千円は被告人奥森より、

判示第八の貨物塩蔵鯖、明太子の原価金九十四万三千九百八十円は占有者被告人奥森、三好、渡辺秋次郎、大家、長光より、

(七) 判示第九(1) (2) の供用船舶周海丸は判示の如く被告人茶山利三郎が所有者里見周造より傭船し、被告人奥森に提供し、被告人山崎理市は船長としてこれに乗組み、右被告人三名が占有してゐたものであるが、犯行後善意の里見周造に返還せられたもの(証人里見周造に対する当審受命裁判官の尋問調書)であるから、その価額金三十一万千円は右被告人三名より、

判示第九(1) の貨物の原価は被告人奥森、三好、岩中、鍜、小世の外当裁判所の判決に示す通り被告人山崎理市を加え六名が占有してゐたものであるから、その原価金八百七十二万七千五百円は右被告人六名より、

(八) 判示第十(1) の供用船舶六丸は所有者足立秀雄より被告人原作次郎が傭船して被告人岩中に提供し、同岩中が船長として乗組み該被告人両名が占有してゐたものであるが、犯行後善意の足立秀雄に返還(証人足立秀雄に対する当審受命裁判官の尋問調書)せられたものであるから、その価額金十一万円は被告人岩中、原の両名より、

判示第十(1) (イ)(電線を除く)の貨物の原価合計金二十三万六千九百円は占有者被告人岩中、鍜、原、足立、新見、佐藤より、

(九) 判示第十一(2) の貨物の原価金八十七万九千六百円は占有者被告人奥森、真野、渡部秋次郎、安部幸男より、それぞれ追徴すべきものである。

然るに原判決は右追徴の言渡をしていないのであるから、この点に於て、被告人真野、三好、渡部秋次郎、安部朝盛、安部幸男、古田、大家、梅本、岩中、鍜、茶山、中村、小笹、長光、原、足立、新見、佐藤、奥森等十九名に対する本論旨は理由がある。

第四、被告人明理益男の弁護人米沢厳治の論旨第一点について。

原判示第六の摘示の(4) 被告人明理益男の犯罪事実は、その引用の証拠(論旨第二点の説示により同被告人のため証拠とすることのできないものを除く)によりて、これを認め得られないことはない。記録に徴するも右認定に誤があるとは思はれないから、本論旨は理由がない。

第五、被告人明理益男の弁護人米沢厳治の論旨第二点について。

記録(第九冊二一一四、五頁)によれば、原審弁護人米沢厳治外二名が、原審公判調書の記載の正確性につき異議申立をしたので、原審裁判長は本件各公判調書の記載はすべて正確である旨の意見を調書に記載したものであることは、これを認められるが、原審公判調書には原審に於て取調べた証拠書類についてはすべてこれを朗読し又はその要旨を告げた旨の記載があり、この記載が事実に反するものと疑うべき資料は見当らないから、右記載の正確性を否定し適法な証拠調手続が行われなかつたものとすることはできない。

而して原判決は被告人明理益男に対する判示第六の(4) を含め第六の(1) 乃至(4) の事実認定の記載として(一)被告人安部朝盛に対する大蔵事務官の第七回質問調書、(二)被告人岩中の検察官に対する第一回第四回各供述調書、(三)被告人新見の検察官に対する第二回供述調書、(四)被告人新見に対する大蔵事務官の第二回第四回各質問調書、(五)被告人梅本に対する大蔵事務官の第九回質問調書、(その他省略)を引用して居るが、弁護人の論旨はこれらの証拠については証拠となすことに、同意しなかつたものであり、又これらの証拠は他の相被告人の犯罪事実認定のために提出せられたものであるから、本被告人の断罪の資料にはできないものであると主張してゐるのである。

よつて案ずるに、原審第十四回公判調書、(第九冊二〇二八頁以下)には、公判手続を更新(裁判官更迭によるものと思はれる)して審理したところ、その結果は第一回乃至十三回公判調書ヽヽヽヽヽ記載と同様であつた旨の記載があるから、証拠書類についても当該各公判調書記載通りの請求取調等があつたものと解すべきところ同第九回公判調書(第三冊七五七頁裏以下)によれば前記(三)以外の書類は検察官より各被告人の関係についてその取調を請求し、しかも斯る共犯者の供述調書は刑事訴訟法第三百二十二条として取扱うか或は同法第三百二十一条の書類として取扱うか学説は分れてゐるが、判例は第三百二十二条の証拠書類として取り扱つてゐるので、判例によつて第三百二十二条の証拠書類として取調を請求する旨述べたところ、各被告人及び各弁護人は該証拠調の請求について異議はないが、他の被告人との間で供述の喰い違つている点は私の方が正しいとの主張をなし、原審は各供述調書の署名押印の真正なること、任意の供述であることを確めた上、証拠として採用する旨を告げその取調をしたものであることが認められる。

被告人及び弁護人がなしたる右「他の被告人との間で供述の喰い違つている点は私の方が正しいとの主張」の趣旨必ずしも明瞭ではないが、検察官よりなされた他の証拠書類の取調請求に対する被告人及び弁護人の意見陳述に関する公判調書の記載と対照するに、右は当該被告人の供述調書を証拠とすることには同意するも、他の共同被告人の供述調書を自己の証拠とすることについては同意しなかつたものと解せられる。

而して共同被告人の供述調書は、刑事訴訟法第三百二十二条ではなくて第三百二十一条により律すべきものとすることは最高裁判所の判例(昭和二七年一二月一一日第一小判決、判例集六巻一一号一二九七頁)の趣旨とするところと解せられるから、前示(二)の被告人岩中の検察官に対する供述調書は同法第三百二十一条第一項第二号により同意の有無に拘らず証拠とすることができるけれども、右(一)(四)(五)の供述調書は大蔵事務官の面前におけるものなるところ同法条項第三号の要件を具備していないから、同意なき限りこれを証拠とすることはできないものである。然らば原判決が右(一)(四)(五)の証拠を被告人明理益男の関係に於ても証拠として引用したのは失当である。

次に前示(三)の被告人新見の検察官に対する第二回供述調書については、原審第十回公判調書(第九冊一八四〇頁)によれば、検察官に於て被告人渡部治雄、同新見等の関係に於て取調の請求をなし、該被告人及びその弁護人は右請求に異議なく且証拠とすることに同意する旨を告げたことの記載はあるが、その他の被告人の関係に於て取調の請求をしたこと、その被告人又は弁護人がこれを証拠とすることに同意したこと、その他、他の被告人のため適法に取調べられた形跡は、原審公判調書中いずこにもその記載がないから、原判決は右(三)の証拠も被告人明理益男の関係に於ては証拠となし得ないものを引用した違法がある。しかし原判示第六の(4) の事実は、以上の証拠となし得ないものを除外したその余の引用証拠によりても認め得られないことはないから、右違法は判決に影響を及ぼさないものと認むべきであり、本論旨は結局すべて理由がない。

第六、被告人土井川信夫の弁護人米沢厳治の論旨第一点について。

同被告人に対する原判示事実は原判決引用の証拠(論旨第二点の説示により同被告人のため証拠とすることのできないものを除く)によりて、これを認め得られないことはない。

記録に徴するも右認定に誤があるとは思はれないから、本論旨は理由がない。

第七、被告人土井川信夫の弁護人米沢厳治の論旨第二点について。

原審公判調書の記載の正確性につき弁護人より異議申立があつたので、原審裁判長はその記載の正確である旨の意見を調書に記載して居り、従て右正確性は否定できないものであることは、被告人明理益男の弁護人の論旨第二点に対する説示に於て明らかにしたところであるから、各証拠書類につき朗読展示等適法な証拠調がなかつたとの論旨は理由がない。

尚原審第十四回公判期日に於て公判手続を更新しその結果が従前の公判調書記載と同様であつたことも前叙の通りであるところ、原判決が判示第七の(3) 事実認定の証拠として引用した相被告人渡部治雄の司法警察員に対する第一回供述調書、被告人土井川信夫の司法警察員に対する第一乃至第三回供述調書は、被告人及び渡部治雄に対する第五回公判期日(原審昭和二十六年(わ)第二三号事件記録五五頁以下)に於て、検察官より取調請求をしたところ、被告人及び弁護人は証拠とすることに同意しなかつたので、原審は右供述調書の任意性等につき、第六回公判期日(同八一頁以下)に於て証人調をした上、いずれも証拠として採用しその取調をしたものであることが認められる。

然らば被告人土井川信夫の司法警察員に対する右供述調書は同被告人の関係に於てはその同意の有無に拘らず証拠となし得べきものであるが、共同被告人たる渡部治雄の司法警察員に対する供述調書は刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号の要件を具備しないから、被告人土井川信夫のための証拠となし得ないものといわなければならない。然るにこれを同被告人の犯罪事実認定の証拠にした原判決には、引用することのできない証拠を引用した違法がある。しかしながらこれを除外した原判決引用の証拠により、同被告人に対する原判示事実を認定できないことはないから、右違法は判決に影響のないものとし本論旨は採用できない。

第八、被告人奥森与三郎、同梅本みつの弁護人河合与の控訴趣意書の論旨第一点について、

原判決は所論の如く、判示第九事実認定の証拠中に被告人奥森の大蔵事務官に対する第七回質問調書を引用して居り、該調書が記録(第八冊一八二五頁以下)に添綴してあるけれども、該調書につき証拠調の施行せられたことは原審公判調書中何等記載がない。而して取り調べた証拠の標目は公判調書に記載を要する事項であるからその記載なき以上取調がなかつたものといはなければならない。然らば原判決は証拠能力のない証拠を引用した違法があるけれども、右判示事実は、右を除外した証拠(第九、十項に於て説示する不適法な証拠をも除外)によりてもこれを認定できないことはないから、右違法は判決に影響がないものとし、論旨は採用しない。

第九、同論旨第二点について。

共同被告人中の一人の供述調書は他の共同被告人に対する関係に於ては、刑事訴訟法第三百二十一条の規定によりて律するものであること、原審第十四回公判調書に於て引用する第九回公判調書に所論摘録の如き記載があり、その記載の内「他の被告人との間で供述の喰い違つている点は私の方の供述が正しい」との主張の趣旨が、当該被告人の供述調書を証拠とすることには同意するが、他の共同被告人の供述調書を自己の証拠とすることについては不同意と主張したものと解すべきものであることは第五項(被告人明理に関する論旨第二点)に於て説示する通りである。

而して原判決は被告人奥森与三郎に対する判示第一、第二(1) (2) 第三、第四、第五、第八、第九(1) 、第十一事実認定の証拠として、同被告人以外の相被告人の大蔵事務官に対する質問調書を引用して居り該調書の証拠調は原審第十四回及び第九回公判調書の前示記載通りであるから、被告人奥森与三郎に於てはこれに同意しなかつたものであり、且刑事訴訟法第三百二十一条第一項第三号の要件を具備していないものであるから、被告人奥森の関係に於ては証拠として引用できないものである。(尚論旨では被告人安部朝盛の大蔵事務官に対する第七回質問調書についても論じてゐるが該調書は被告人奥森に関係のない判示第六事実認定の証拠として引用してゐるのであるから、同被告人のための控訴理由として適切でない。)然るに原判決はこれを被告人奥森のために引用した違法があるけれども、同被告人に対する各判示事実は以上不適法な証拠(前項及び次項のものをも含む)を除外してもこれを認定できないことはないから、右違法は判決に影響を及ぼさないものである。

よつて本論旨は理由がない。

第十、同論旨第三点について。

原判決は判示第三、第六事実認定の証拠中に、被告人新見等の検察官に対する第二回供述調書を引用してゐること所論の通りである。しかし原審第十四回公判調書に於て引用する第十回公判調書によれば該供述調書は被告人渡部治雄、同新見等以外の被告人の関係に於ては適法な取調の行われてゐないこと前示第五項後段に於て説示する通りであるから、これを被告人奥森与三郎及び同梅本みつの右判示事実認定の証拠として引用したのは違法である。けれどもこの違法が判決に影響を及ぼさないこと前項で説示する通りであるから、本論旨は理由がない。

第十一、同論旨第四点について。

関税法第七十六条第一項違反の罪につき最高裁判所の所論の如き判例(昭和二十四年(れ)二八三七号昭和二十五年四月十八日第三小判決判例集四巻四号五九五頁)があるけれども、更に「懲役刑のみを科する場合には関税法第七十六条第一項本文だけを適用すべく同条項但書を適用する余地がなく、従つて同但書所定の原価を確定する必要がない」とした判例(昭和二十七年(あ)四三〇八号昭和二十九年二月二十五日第一小法廷決定ジユリスト五六号五〇頁)もあるのであるから、懲役刑のみを科するときはこの後者の判例に従い、その原価を判示する必要はないものといはなければならない。而してこの理は昭和二十一年勅令第二百七十七号関税法の罰則等の特例等に関する件第一条、同年勅令第三百二十八号貿易等臨時措置令第四条、昭和二十四年法律第二百二十八号外国為替及び外国貿易管理法第七十条に違反する罪についても同一に解すべきものということができる。原判決は右各法条違反として認定した犯罪事実の内判示第一の(1) (2) 、第八以外の貨物についてはその原価を判示してゐないこと所論の通りであるが、この点についてはすべて懲役刑のみを選択処断してゐるのであるから、貨物の原価を判示しなかつたことに於て違法はない。よつて本論旨も理由がない。

第十二、被告人奥森与三郎、同梅本みつの弁護人河合与の第二控訴趣意書の論旨第一点について。

原判示第一の(1) 事実認定の証拠として引用してゐる被告人奥森の大蔵事務官に対する第二、三回質問調書、被告人三好栄一の検察官に対する第二回供述調書、被告人中村正晴の検察官に対する供述調書によれば、判示第三大蔵丸に電球約五箱を積載してゐたことが明らかであつて、記録を精査するに、所論摘録の如き供述のあることを以てするも、未だ右認定に誤ありとは思はれないから、本論旨は理由がない。

第十三、同論旨第二点について。

本論旨は被告人奥森与三郎の量刑不当を主張するものであるが当裁判所は同被告人に対する原判決を破棄自判するから、説明を省略する。

第十四、同論旨第三点について。

被告人梅本みつに対する原判示第六の(3) 、第七の(1) の事実は、各引用の証拠(第十項に於て不適法と説示する部分を除く)によりこれを認めることができる。論旨摘録の供述記載を始め記録を精査しても、右認定に誤があるとは思はれないから本論旨は理由がない。

第十五、被告人佐藤忠幸の弁護人渡部利佐久の論旨第一点について。

しかし被告人佐藤忠幸に対する原判示第十の(1) 及び第十二の事実は、その引用の証拠(相被告人の大蔵事務官及び司法警察員に対する供述調書を除く)により、これを認定することができないことはない。論旨摘録の供述の多くは原判決が採用しなかつたところであり、記録を精査してみても右認定に誤があるとは思はれないから、本論旨は理由がない。

第十六、同論旨第二点について。

本論旨は被告人佐藤忠幸の量刑不当を主張するものであるが、当裁判所は同被告人に対する原判決を破棄自判するから、論旨に対する説明を省略する。

第十七、被告人渡部治雄の論旨について。

しかし同被告人に対する原判示第七の(2) 、第十の(2) 事実認定の証拠として引用した同被告人の司法警察員に対する各供述調書が、任意性のない虚偽のものであることはこれを疑うべき資料がない。判示第十の(2) 事実認定に引用した同被告人の司法警察員に対する第二回供述調書は被告人及び弁護人に於て証拠とすることに同意(第九冊の一第十回公判調書一八四〇頁)したものであり、又判示第七の(2) 事実認定に引用した同第一回供述調書は被告人側に於て同意しなかつたので原審はその任意性等につき証人調をした上、これを証拠として採用したものであること前示第七項に於て説示するところであるから、これ等を被告人渡部治雄の事実認定の証拠に引用するも何等の違法はない。従てこれを始め原判決引用の各証拠(判示第七の(2) の点につき被告人土井川の司法警察員に対する供述調書を除く)によれば判示事実を認め得べく、記録を精査するに右認定に誤は認められないから、本論旨はすべて理由がない。

第十八、論旨に対する総評。

検事、弁護人、被告人の各論旨に対する判断は以上の通りであつて、結局各弁護人及び被告人の論旨はすべて理由がないが、検事の第一点及び第三点は理由がある。よつて被告人山崎理市に対する原判決は刑事訴訟法第三百九十七条第一項第三百八十二条によりこれを破棄し、

被告人真野正義、三好栄一、渡部秋次郎、安部朝盛、安部幸男、古田昇、大家幸大、梅本みつ、岩中重太郎、鍜善美、茶山利三郎、中村正晴、小笹熊市、長光忠愛、原作次郎、足立正博、新見等、佐藤忠幸、奥森与三郎に対する原判決(被告人三好栄一、古田昇に対する公訴棄却の点を除く)は刑事訴訟法第三百九十七条第一項第三百七十八条第四号によりこれを破棄する。

しかし被告人明理益男、渡部治雄、土井川信夫の各控訴、被告人渡部治雄、土井川信夫に対する検事の控訴は刑事訴訟法第三百九十六条によりこれを棄却する。

而して右破棄した部分については刑事訴訟法第四百条但書により当裁判所は直ちに次の通り判決する。

第十九、被告人山崎理市に対する当裁判所の判決。

一、罪となるべき事実

被告人山崎理市は貨物の輸入につき、法定の免許及び承認を受けず従て正当な資格又は除外事由がないのに、相被告人奥森与三郎、同三好栄一、同岩中重太郎、同鍜善美、同小笹熊市と共謀の上昭和二十五年三月朝鮮元山に於て、里見周造の所有にして被告人山崎理市が船長として乗組んでゐた周海丸(時価金三十一万千円)に、明太子千百四十五樽(原価金二百二十九万円)雲丹五百十五樽(原価金六百四十三万七千五百円)以上原価合計金八百七十二万七千五百円に相当する貨物を積載の上舞鶴港に回航し、同三月十六日頃同港に於てこれを陸揚し、以て右貨物を密輸入したものである。

二、証拠の標目〈省略〉

三、法令の適用

判示所為中税関の免許を受けないで貨物を輸入した点は裁判時法によれば昭和二十五年四月三十日法律第百十七号による改正後の関税法第七十六条第一項刑法第六十条に、行為時法によれば、右法律第百十七号による改正前の関税法第七十六条第一項刑法第六十条に該当するが、その間刑の変更があつたから刑法第六条第十条により軽い行為時法の刑に従い、又外国為替銀行の承認を受けないで貨物を輸入した点は外国為替及び外国貿易管理法第七十条第二十二号、第五十二条、輸入貿易及び対外支払管理令(昭和二十四年政令第四百十四号)第四条、輸入貿易及び貿易関係支払管理規則(昭和二十四年通産省令第七十七号)第二条、刑法第六十条に該当するが、右は一個の行為で二個の罪名にふれる場合であるから、刑法第五十四条第一項前段第十条により犯情の重い右管理法違反の罪の刑に従い、所定刑中懲役刑を選択し、その刑期範囲内で被告人山崎理市を懲役八月に処し、尚犯情に鑑み刑法第二十五条第一項を適用して三年間右刑の執行を猶予し判示供用船舶周海丸は同被告人と被告人奥森及び同茶山が共に占有してゐたが、犯行後善意の里見周造に返還せられ、又輸入貨物は善意の第三者に売却処分し没収することができないから、関税法第八十三条第三項により右船舶の価額と両貨物の原価との合算額なる金九百三万八千五百円を被告人山崎理市より追徴すべく、訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第百八十一条第一項第百八十二条を適用する。

第二十、山崎理市以外の破棄した被告人に対する当裁判所の判決。

原判決が証拠により確定した被告人等の所為を法律に照すと、

(一)  原判示第一(1) (2) (被告人奥森、三好、中村、長光)の点は各昭和二十三年七月七日法律第百七号第五十八条、昭和二十一年五月十七日勅令第二百七十七号関税法の罰則等の特例等に関する件第一条第二項第一項、昭和二十四年十二月一日法律第二百二十八号外国為替及び外国貿易管理法(以下単に管理法という)附則第三項、昭和二十一年六月二十日勅令第三百二十八号貿易等臨時措置令第四条第一項、第一条、刑法第六十条に該当するところ、右は各一個の行為で二個の罪名にふれる場合であるから、刑法第五十四条第一項前段第十条により、いずれも犯情の重い前者の刑に従い、

(二) 判示第二(1) (被告人奥森、三好、渡部秋次郎、長光)、(2) (奥森、三好、長光)、(3) (真野、渡部秋次郎)の点は各右昭和二十三年七月七日法律第百七号により改正せられた関税法第七十六条第一項(この刑は昭和二十五年四月三十日法律第百十七号により変更せられたから、刑法第六条第十条により軽い変更前の刑に従う)、管理法則第三項、右貿易等臨時措置令第四条第一項第一条、刑法第六十条、第五十四条第一項前段、第十条(重い関税法違反の刑に従う)、

(三) 判示第三(1) (2) (3) (被告人奥森、真野、三好、長光、新見、(2) については更に梅本)の点は右(二)と同一法条、

(四) 判示第四(1) (2) (被告人奥森、三好、渡部秋次郎、長光、新見、(2) については更に古田昇)の点は右(二)と同一法条、

(五) 判示第五(1) (被告人奥森、真野、三好、渡部秋次郎)、(2) (イ)(ロ)(奥森、真野、三好、渡部秋次郎、安部朝盛、長光、新見)の点は右(二)と同一法条、

(六)  判示第六(1) (被告人安部朝盛、岩中、新見)の点は右(二)と同一法条、

判示第六(2) (岩中、新見)の点はその内塩酸モルヒネを含む淡黄色粉末なる麻薬の密輸入の部分は右関税法第七十六条第一項、管理法附則第三項、右貿易等臨時措置令第四条第一項第一条、昭和二十七年五月二十八日法律第百五十二号附則第二項、同法による改正前の麻薬取締法第五十七条第一項、第三条第一項に、

又塩酸ヂアセチルモルヒネの密輸入の部分は右麻薬取締法第五十七条第一項第四条第三号(関税法第七十六条第一項に「免許ヲ受ケズシテ貨物の輸出若ハ輸入ヲ為シ」とは法律上免許を受ければ輸出又は輸入できる貨物であるのに、その免許を受けないで、輸出又は輸入した場合を指称し、関税法に限らずいやしくも法律上輸出又は輸入することのできない即ちこれを絶対に禁止せられている貨物についてはその適用がないものと解する。なんとなれば斯る貨物については免許を受け得る余地がないからである。しかるに本件塩酸ヂアセチルモルヒネの輸入は右麻薬取締法第四条により全然これを禁止せられているのであるから、右の理由により関税法第七十六条第一項所定の犯罪は成立せず、只麻薬取締法違反罪のみ成立するものと解す。このことは関税法第七十六条末項の規定よりするもこれを推知し得るところである。尚いはゆる輸入禁制品を輸入した場合には関税法第七十四条所定の犯罪が成立する訳であるが、本件所犯当時の関税定率法第十一条に於ては塩酸ヂアセチルモルヒネを輸入禁制品に指定していないからこの犯罪としても問擬できない。)に、以上全部につき刑法第六十条第五十四条第一項前段第十条(重い後者の麻薬取締法違反の罪の刑に従う)、

判示第六(3) (梅本)の点は右判示第六(1) (2) に関する各法条の外刑法第六十一条第一項(判示(1) の関係に於て関税法違反教唆、(2) の関係に於て麻薬取締法違反教唆の罪の刑に従う)、

(七) 判示第七(1) (被告人梅本)の点は右昭和二十七年法律第百五十二号附則第二項、同法による改正前の麻薬取締法第五十七条第一項第三条第一項、

(八)  判示第八(被告人奥森、三好、渡部秋次郎、大家、長光)の点は前記関税法第七十六条第一項、管理法第七十条第二十二号第五十二条、昭和二十四年十二月二十九日政令第四百十四号輸入貿易及び対外支払管理令第四条、同日通産省令第七十七号輸入貿易及び貿易関係支払管理規則第二条、刑法第六十条第五十四条第一項前段第十条(重い管理法違反の罪の刑に従う)、

(九)  判示第九(1) (被告人奥森、三好、岩中、鍜、小笹)の点は右(ハ)と同一法条、

判示第九(2) (茶山)の点は判示第九(1) に関すると同一法条の外刑法第六十二条第一項(管理法違反幇助の罪の刑に従う)

(一〇)  判示第十(1) (イ)(被告人岩中、鍜、原、足立、新見、佐藤)の点は昭和二十五年四月三十日法律第百十七号による改正後の関税法第七十六条第一項、管理法第七十条第二十二号第四十八条、昭和二十四年十二月一日政令第三百七十八号輸出貿易管理令第一条、昭和二十五年一月二十八日政令第十三号による改正後の同管理令別表第一の十、昭和二十四年十二月一日通産省令第六十四号輸出貿易管理規則第一条、刑法第六十条第五十四条第一項前段第十条(重い関税法違反の罪の刑に従う)、

判示第十(1) (ロ)(被告人岩中、鍜、原、足立、新見、佐藤)の点は前記昭和二十七年法律第百五十二号附則第二項、同法による改正前の麻薬取締法第五十七条第一項第四条第三号、刑法第六十条、

(一一)  判示第十一(1) (被告人奥森、真野、渡部秋次郎、安部幸男)の点は右改正後の関税法第七十六条第一項。管理法第七十条第二十二号第四十八条、右輸出貿易管理令第一条、昭和二十五年一月二十八日政令第十三号による改正後の同管理令別表第一の六、右輸出貿易管理規則第一条、刑法第六十条第五十四条第一項前段第十条(重い関税法違反の罪の刑に従う)、判示第十一(2) (奥森、真野、渡部秋次郎、安部幸男)の点は右改正後の関税法第七十六条第一項、管理法第七十条第二十二号第五十二条、昭和二十五年六月二十八日政令第二百八号による改正後の輸入貿易管理令第四条、同月三十日通産省令第五十八号による改正後の輸入貿易管理規則第二条、刑法第六十条第五十四条第一項前段第十条(重い関税法違反の罪の刑に従う)、

(一二)  判示第十二(被告人佐藤)の点は前記昭和二十七年法律第百五十二号附則第二項、同法による改正前の麻薬取締法第五十七条第一項第四条第三号、

にそれぞれ該当するが、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、

尚被告人真野正義(判示第二(3) 、第三(1) (2) (3) 、第五(1) (2) (イ)(ロ)、第十一(1) (2) )、三好栄一(第一(1) (2) 、第二(1) (2) 、第三(1) (2) (3) 、第四(1) (2) 、第五(1) (2) (イ)(ロ)、第八、第九(1) )、渡部秋次郎(第二(1) (3) 、第四(1) (2) 、第五(1) (2) (イ)(ロ)、第八、第十一(1) (2) )、安部朝盛(第五(2) (イ)(ロ)、第六(1) )、安部幸男(第十一(1) (2) )、梅本みつ(第三(2) 、第六(3) 、第七(1) )、岩中重太郎(第六(1) (2) 、第九(1) 、第十(1) (イ)(ロ))、鍜善美(第九(1) 、第十(1) (イ)(ロ))、中村正晴(第一(1) (2) )、長光忠愛(第一(1) (2) 、第二(1) (2) 、第三(1) (2) (3) 、第四(1) (2) 、第五(2) (イ)(ロ)、第八)、原作次郎(第十(1) (イ)(ロ))、足立正博(第十(1) (イ)(ロ))、新見等(第三(1) (2) (3) 、第四(1) (2) 、第五(2) (イ)(ロ)、第六(1) (2) 、第十(1) (イ)(ロ))、佐藤忠幸(第十(1) (イ)(ロ)、第十二)、奥森与三郎(第一(1) (2) 、第二(1) (2) 、第三(1) (2) (3) 、第四(1) (2) 、第五(1) (2) (イ)(ロ)、第八、第九(1) 、第十一(1) (2) )の以上の所為は、各刑法第四十五条前段の併合罪だから、刑法第四十七条第十条によりいずれも重い、被告人真野正義につき判示第十一(2) 、三好栄一につき判示第九(1) 、渡部秋次郎につき判示第十一(2) 、安部朝盛につき判示第五(2) (ロ)、安部幸男につき判示第十一(2) 、梅本みつにつき判示第七(1) 、岩中重太郎につき判示第十(1) (ロ)、鍜善美につき判示第十(1) (ロ)、中村正晴につき判示第一(2) 、長光忠愛につき判示第八、原作次郎、足立正博、新見等、佐藤忠幸につき判示第十(1) (ロ)、奥森与三郎につき判示第十一(2) の各罪の刑に加重し、

被告人茶山利三郎については刑法第六十三条第六十八条第三号により従犯減軽をなし、以上各所定刑期範囲内に於て、被告人等に対し主文の刑を量定処断し、

被告人安部朝盛、安部幸男、古田昇、大家幸大、鍜善美、茶山利三郎、中村正晴、小笹熊市、原作次郎、足立正博に対しては刑法第二十五条第一項を適用して本裁判確定の日より三年間右刑の執行を猶予し、

原審に於ける未決勾留日数中被告人岩中、同梅本につき各七十日被告人佐藤につき五十日を各刑法第二十一条により右本刑に算入する。

尚本判決第三項検事の論旨第三点について説示した通り、各供用船舶及び犯則貨物は犯則当時被告人等がそれぞれ所有又は占有してゐたものであるが、その後これを没収することができなくなつたから原判示第一の関係に於ては前記関税法の罰則等の特例等に関する件第九条第三項により、判示第二乃至第六、第八乃至第十一の関係に於ては関税法第八十三条第三項により、それぞれその価額又は原価を被告人等より追徴すべきものなるところ、この金額については右第三項で判示している通りであつて、被告人真野正義については判示第三(2) (3) 、第五(1) (2) (ロ)、第十一(2) の貨物の原価合計金四百万九千六百十一円、被告人三好栄一については判示第一(2) 、第二(2) 、第三(2) (3) 、第四(2) 、第五(1) (2) (ロ)、第八、第九(1) の貨物の原価合計金千七百六十一万九百四円、

被告人渡部秋次郎については判示第四(2) 、第五(1) (2) (ロ)、第八、第十一(2) の貨物の原価合計金五百九十九万二千七十六円、

被告人安部朝盛については判示第五(2) (ロ)の貨物の原価金四十五万五千三百九十六円、

被告人安部幸男については判示第十一(2) の貨物の原価金八十七万九千六百円、

被告人古田昇については判示第四(2) の貨物の原価金二百十三万五千円、

被告人大家幸大については判示第八の貨物の原価金九十四万三千九百八十円、

被告人梅本みつについては判示第三(2) の貨物の原価金五十万円、

被告人岩中重太郎については判示第九(1) 、第十(1) (イ)の貨物の原価、判示第十(1) の供用船舶六丸の価額合計金九百七万四千四百円、

被告人鍜善美については判示第九(1) 、第十(1) (イ)の貨物の原価合計金八百九十六万四千四百円、

被告人茶山利三郎については判示第九の供用船舶周海丸の価額金三十一万千円、

被告人中村正晴については判示第一(2) の貨物の原価金百八十八万九千四十円、

被告人小笹熊市については判示第九(1) の貨物の原価金八百七十二万七千五百円、

被告人長光忠愛については判示第一(2) 、第二(2) 、第三(2) (3) 、第四(2) 、第五(2) (ロ)、第八の貨物の原価合計金七百三十万五千三百四円、

被告人原作次郎については判示第十(1) の供用船舶六丸の価額、判示第十(1) (イ)の貨物の原価合計金三十四万六千九百円、

被告人足立正博については判示第十(1) (イ)の貨物の原価合計金二十三万六千九百円、

被告人新見等については判示第三(2) (3) 、第四(2) 、第五(2) (ロ)、第十(1) (イ)の貨物の原価合計金三百九十二万三千八百十一円、

被告人佐藤忠幸については判示第十(1) (イ)の貨物の原価金二十三万六千九百円、

被告人奥森与三郎については判示第一、第五(2) 、第八、第九、第十一の供用船舶第三大蔵丸、第二長吉丸、かすみ丸、周海丸の価額判示第一(2) 、第二(2) 、第三(2) (3) 、第四(2) 、第五(1) (2) (ロ)、第八、第九(1) 、第十一(2) の貨物の原価合計金千九百九十四万五千五百四円、

となるを以つて、それぞれこの金額を当該被告人より追徴する。

原審及び当審に於ける訴訟費用中別紙訴訟費用負担表記載の部分は、刑事訴訟法第百八十一条第一項第百八十二条によりそれぞれ同表記載の被告人をして負担せしむ。

よつて主文の通りの判決をしたのである。

(裁判長判事 岡利裕 判事 国政真男 判事 石丸弘衛)

別紙訴訟費用負担表〈省略〉

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